今昔とんでも物語【75】孔雀マウント


今回は、とても尊い僧のお話です。平安時代末期に編纂された説話集、「今昔物語」の中から、特に心に残る「とんでもない」話をご紹介していきます。
お兄さんに確認する源 憩(15巻33話より)
雑なストーリー①・昔、ある人の子供の1人に、幼い時から勉強熱心、慈悲深く世の中と仏の心を分かってるお子様がいました。そのお子様が二十歳の時に、病気にかかったのをきっかけに思うところあり、出家して僧になりました。
雑なストーリー②・その僧は大変、熱心にひたすら念仏を唱え精進しました。その僧のお兄さんも出家して違うお寺の僧になっていました。お兄さんはある日、弟の僧に呼ばれて会いに行きました。
雑なストーリー③・すると弟は「僕にはさっきから美しい音楽がどこからともなく聴こえるんだけど、お兄さん聴こえる?」と言うので兄は答えました。「ううん、僕には何にも聴こえないけど?」
すると弟はさらに言いました。「じゃあお兄さんには孔雀が舞い踊っているのも見えないわけ?」兄が「そんなもん、見えんがな」と兄が答えると弟は西の方向を向き手を合わせました。そしてそのまま亡くなりました。
雑なストーリー④・兄は弟を亡くした悲しみもありましたが、立派に極楽往生した姿を見て安堵し喜びました。音楽や孔雀は往生の必須アイテムとされているからです。
野式部の雑な感想
なんとも尊いお話ですが、へそ曲がり人間としては、お兄さん呼ぶ必要あったかな?確認する必要があったかな?と思わなくもないのですが。しばらく往生のお話ばかり目にしているせいか自分が往生ボケと言うか往生慣れと言うか、些細な事が気に掛かります。
それにしても皆様の往生への熱い思いは、誰にとってもままならぬ不平等不条理の人生に、残された唯一の希望なのでしょうか。
イラストなんですが、お話読み直したら孔雀一羽だけでした。賑やかしの残像と言う事で。すみません。イラストも雑にやらせてもらってます。

次回は「今昔とんでも物語【76】」を、お送りします。次回は念仏が人をイラつかせてしまう尼のお話です。
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